名古屋高等裁判所 昭和31年(ツ)8号 判決 1956年8月08日
上告人 岡田和夫
被上告人 明石浄禅
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告理由は、福井弁護士会規則は弁護士法に基き制定せるものにして法律と同様の効力を有し、又其の規則は原裁判所へも提出しあり、弁護士はすべてこれを根拠として多年にわたり依頼者より報酬を受領し居り、従つて慣習として存在し、依頼者においても規定通りの報酬を弁護士に対し支払う意思にて事件の委任をなし居るものなれば裁判所においても顕著なる事実である。然らば上告人においてその慣習並に弁護士会規則を立証するの責任なきことは極めて明なるに拘らず原審はその立証をなさざりし故を以つて上告人の本件成功謝金請求を却けて上告人敗訴の判決をなしたのは違法である。又上告人は原審において、上告人が被上告人に対し本件謝金金二万円の請求をなしたるに被上告人はこれを承諾しその支払を約しながらその履行をなさない事実を主張したるに原審が右主張事実に対して何等判断をなさなかつたのは違法である。と謂うにある。
案ずるに弁護士法第三十二条によれば弁護士会は地方裁判所の管轄区域ごとに設置しなければならなく、同法第三十三条によれば弁護士会は日本弁護士連合会の承認を受けて会則を定めその会則中に弁護士の報酬に関する標準を示す規定を記載しなければならないのであるが、右規定に準拠して制定せられた福井弁護士会規則自体に法律と同様の効力があるとなす論旨は到底肯定し難いところであり又右報酬規定も単に報酬に関する標準を示すに止り弁護士が右規定に準拠して訴訟事件等の依頼又は依嘱をなす当事者その他関係人等と夫れ夫れ自由なる意思に基いて報酬契約を締結し、骸契約に基き始めて報酬金請求債権が発生すべきものであることは明らかなところ、上告人所説のように訴訟関係人が福井地方法務局所属弁護士に対し訴訟事件を依頼するに当り右福井弁護士会規則の規定により成功報酬その他の支払をするという慣習は公知とも又裁判所に顕著とも認め難く他方上告人が原審において右慣習の存在を立証しなかつたことはその主張自体からも明かであるから原審が所論のように説示して上告人の請求を排斥したことは固より当然の措置であり何等違法と認むべき節は存しない。
次に一件記録によれば上告人が原審において昭和三十一年一月二十三日附準備書面を提出し、同月二十四日受附けられたこと、同準備書面には上告人が被上告人の妻及び母に対し本件謝金二万円の支払を求めたるに、同人等においてこれを早速納金すべき旨言明しながらその支払をなさざる旨の記載あることが明らかであるけれども上告人は原審において右準備書面に基きその記載事実の主張をなした形跡の認むべきものがない(右準備書面は原審第二回口頭弁論期日後に提出され且つその提出ありたる後上告人は原審口頭弁論期日に出頭していない)ので、右の事実が原審口頭弁論において主張せられたものとなし難く、従つて原審が右の事実につき何等判断をなさなかつたのは相当で、右論旨も採用しない。よつて本件上告は理由のないものとしてこれを棄却すべく、民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条によつて主文のように判決する。
(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 県宏 小沢三朗)